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聖地巡礼

サクラクエスト聖地巡礼

『サクラクエスト』は、P.A.WORKS社制作による日本のオリジナルテレビアニメ作品です。
当館主は、万水閣が立地するここ桜ヶ池がモデルではないかと思っています。ここでは、当館主が主観的に楽しみながら撮影した写真と、作品の中に登場したお祭りについてもいくつか紹介します。
(写真クリックで拡大します。)

豊年橋

豊年橋 第2話 集いし五人の勇者たち ほか

桜ヶ池は、南砺市を南北に流れる大井川(小矢部川の支流)の源流です。南砺市の(南山田・山田・北山田 )地域の水を支える溜池です。豊年橋は大井川の最初の橋です。当館の直ぐ隣、池の玄関口に架かっています。

中の島と桜ヶ池神社

中の島と桜ヶ池神社 第15話 国王の帰還

桜ヶ池土地改良区の神社で、地域住民は祭礼時に参拝しています。アニメの中では、「端池神社」として登場します。

出会い橋

出会い橋 第6話 田園のマスカレード

当館から南に向かって歩きます。仏料理のランソレイエさんの手前、右側の未舗装の道を池に沿って歩いていくと、桜ヶ池神社の有る中之島につきあたります。左に赤土の道を数歩くと出会い橋があります。当館主が勝手に命名しました。当初の名「アズマや橋」かな?

向野の桜

向野の桜 第7話 煉獄の館

南砺市城端地域 野口地区の川の向側にあるタジマさま所有の「江戸彼岸桜」が向野の桜と聞いております。桜が咲くころには、多くの写真愛好家が各地から撮影に訪れます。撮影ポイントの道路は車で渋滞します。

まんじゅう山(遊具)

まんじゅう山(遊具) 第6話 田園のマスカレード

桜ヶ池公園にあるコンクリート製の円形の遊具です。アニメでは、五段ですが、実際は四段です。「まんじゅう山」は、当館主が勝手に命名。

桜ヶ池石碑

桜ヶ池石碑 第24話 悠久のオベリスク

この石碑は、桜ヶ池湖畔にたたずむ操作場がある芝生広場の入り口付近に在ります。高さ250センチ幅300センチ。平成21年9月、「全国ため池100選」に選定され、翌平成22年に記念碑が竣工されました。

ぼたもち坂

ぼたもち坂 第6話 田園のマスカレード

城端曳山会館の裏手、竜勝寺と真覚寺の間の坂道。その昔、坂の上の辻角に「カキ屋」と言う餅屋がありました。

えびす会館

えびす会館 第7話 煉獄の館

城端町商店街の「城端別院善徳寺前」交差点にえびす会館はあります。えびす商店街の事務所会館です。

腰掛石(安産石)

腰掛石(安産石) 第11話 忘却のレクイエム

城端別院善徳寺の境内に有るこの石は、旧福光町の中河内村道場(ナカノコウチ村ドウジョウ)にあった「蓮如上人腰掛の石」と呼ばれている石です。中河内では安産石と呼ばれていました。その謂れは村の肝煎りの娘が難産で苦しんでいた時、この石に掛けさせたところ安産したという石であります。

自遊の森(坂)

自遊の森(坂) 第6話 田園のマスカレード

桜ヶ池の西側に自遊の森の温泉やコテージなどを含めた施設があります。アニメに自遊の森の施設側から坂を見下ろすシーンがあると思います。

福光の春祭り

「第25話 桜の王国」にて3分14秒ごろにお祭りのシーンが登場します。この祭りは、「福光の春祭り(宇佐八幡宮春季祭礼)」がモチーフになっているのではないかと考えます。

男たちがきらびやかな神輿を担いで町を練り歩き、見事な庵屋台3台と、獅子舞が舞い踊る福光春祭り。この祭りは、220年以上の歴史を持つ由緒ある行事で、その伝統は今も受け継がれています。 祭り当日には南砺市福光地区住民の厄年男性が重さ約1トンの御神輿を担ぎ、丸1日かけて約11kmを巡行します。桜の中を行く黄金色の神輿と男たちの勇壮な姿は必見です。
25歳、初老42歳、還暦61歳の厄年男性メンバーでおみこしを担ぎます。近年、少子化のために、25歳・42歳の前厄と後厄の方も担ぎ手に参加協力しています。
例年4月15日に行なわれていましたが、ここ近年は4月の第3日曜に替わったようです。実は、当館店主は福光出身で過去三回の厄年に担ぎ手として参加しています。比較的身長が高い店主は、みこしを担ぐときの負担が大きく肩が真っ赤に腫れた経験を持っています。

≪神輿巡行≫
午前7時45分 福光宇佐八幡宮を出発し福光町内を巡行
午後8時頃 福光宇佐八幡宮にお着き

≪庵屋台巡行≫
午後1時頃 南砺市中央図書館前にて3町内(東町・西町・本町)の屋台が集合 午後1時20分頃 南砺市中央図書館前を出発し福光町内を巡行
午後7時頃 国道304号線東町交差点(富山第一銀行福光支店前あたり)にて解散、各町内に帰る
※五宝町の庵屋台は巡行には参加しませんが、五宝町「知源寺」前駐車場にて飾り屋台として陳列します。 ※激しい雨天の場合は、巡行を中止します。

矢つぎ火祭り

第24話 悠久のオベリスク」に登場した「端池(みづち)祭り」の原型は、当地の「矢つぎ火祭り」であると推測しています。

矢つぎ火祭りは「湖畔荘」の藤井英雄氏がリーダーとなり、加藤伸治氏(合掌かずら)、中田修氏(自遊の森)、武田彰(万水閣)等の他、南原地区住民で会社員の神田清氏等当時40代バンド経験者仲間が「地域を盛り上げる為に何か行おう。」と昭和56年に活動を始めたのがきっかけです。
桜ヶ池周辺地区(現南砺市立野原東及び立野原西地区周辺)は、明治時代原野だったのを南原地区(現南砺市南原)等の住民が開拓してできた農地です。その為、旧城端町(平成大合併前の名称)の一部でしたが行政サービス面では冷遇されており、郵便局の特殊配達地域に指定された「へき地」扱いでした。具体的には週1~2回の配達しかなく、新聞は三日分まとめて郵便局から配達された地域だったのです。冬場の除雪も当地区は3日に一回の除雪しか行って貰えませんでした。この様な背景など様々な要因から地域を盛り上げる為に団結し「矢つぎ火祭り」が始まりました。


矢つぎ日祭り開催までの道のり

西暦 和暦 経過内容等
開催前年 1981年 昭和56年
南原地区の常会(自治会の集会)出席者の代替わりが進み、名前も顔もどこに勤めているかもわからない状態であった。お互いに顔見知りになるため南原青年会を発足し毎月飲み会を始めた。親しくなるにつけ何か行動しようと成る。 昭和50年代城端町の各商店街は7月下旬に夜店を開いていた。そこで来年度桜ヶ池広場で地域親睦の為に夜店を開くことを決めた。青年会は桜ヶ池にて営業している料理店と新しく開拓団入植者として加わった新住民との共通点は「水」であり、「水」なくしては、営業できない、作物が育たない。「水が一番大切だ」と導き出した。
第一回 1982年 昭和57年
昭和57年2月南原公民館にて、テーマを「水と光と音」と決め「矢つぎ火祭り実行委員会」を発足する。 ・「水」8月は水不足。雨乞いの神事として、桜ヶ池神社にて北野天満宮の利波肇(となみはじめ)宮司、山田郷総社新明宮の山田豊年(やまだほうねん)宮司両氏により執り行う。 ・「光」矢つぎ火(火矢)・松明(タイマツ)行進・花火・とうろう流し・池の中に浮かべた「大イカダ」に孟宗竹3,000本を担ぎ込み左義長の様に燃やした炎。 ・「音」龍神太鼓保存会を発足し、桜ヶ池に住まわれる水の神様、龍神(リュウジン)様を祭る。桜ヶ池広場では夜店とステージにてバンド演奏やカラオケを行う。昭和57年8月第1土曜日、第一回矢つぎ火祭り始まる。

矢つぎ火祭りは、近隣地域のイベントをヒントに行いました。桜ヶ池は、もともと「西原のため池」と呼ばれ、後に名称変更された経緯がございます。人口ため池で農業用水確保を目的に作られた経緯から「雨乞い」の神事を行う事と紐付ました。
灯篭流しは、水の神様の祭りと水難犠牲者供養のため行われる「千保川灯篭流し祭」(高岡市戸出地区)をモデルとしました。桜ヶ池には約250個の灯篭が浮かべられ、暖かな光が水面を幻想的に照らしました。また、太鼓演奏は、五穀豊穣を願う田まつりや観光祭として開催される「夜高祭」(南砺市福野地区、砺波市庄川地区、小矢部市津沢地区)の夜高太鼓や、稲の病害虫を防ぐとともに農作物の豊作を
 この間、第1回目(昭和57年)から4回目(昭和60年)は「合掌かずら」加藤伸治氏。 第5回目(昭和61年)から10回目(平成3年)は「湖畔荘」藤井英雄氏 第11回目(平成4年)から第12回目(平成5年)は「自遊の森」中田修氏が総指揮をとって開催されました。1年目と2年目は南原地区の住民やその親戚兄弟、上原地区の住民で町役場職員であった大浦章一氏等の地元有志、それに「合掌かずら」の加藤氏が中心となって企画運営しました。大成功で終わった「矢つぎ火祭り」は3年目には上原/上見/塔尾地区常会メンバーや婦人会も加わり年々益々盛り上がったそうです。


矢つぎ火祭りの変遷


西暦 和暦 会長 スタッフ
第1回 1982年 昭和57年 加藤伸治(合掌かずら)
南原住民及びその親戚兄弟に加え、上原地区大浦章一氏、山下謙二氏、大浦静夫氏が参加。搭尾地区からは、加門俊之氏、水本喜一氏。上見地区からも中山国光氏、池田又二郎氏や山田重雄氏。等4地区の有志が集って実行。
第2回 1983年 昭和58年 加藤伸治(合掌かずら)
同上
第3回 1984年 昭和59年 加藤伸治(合掌かずら)
南原地区だけでは運営人員不足の為、上原/上見/搭尾の3地区常会メンバーとその婦人会にも加わって頂く。
第4回 1985年 昭和60年 加藤伸治(合掌かずら)
地域住民に広がり正式に4地区で行事をとり行う事となった。これにより4地区民の親近感を造り出していった。
第5回 1986年 昭和61年 藤井英雄(湖畔荘)
4地区民参加で盛り上げる。
第6回 1987年 昭和62年 藤井英雄(湖畔荘)
同上
第7回 1988年 昭和63年 藤井英雄(湖畔荘)
同上
第8回 1989年 平成元年 藤井英雄(湖畔荘)
同上
第9回 1990年 平成2年 藤井英雄(湖畔荘)
同上
第10回 1991年 平成3年 藤井英雄(湖畔荘)
同上
第11回 1992年 平成4年 中田修(自遊の森)
同上
第12回 1993年 平成5年 中田修(自遊の森) 同上
  1994年 平成6年
矢つぎ火祭りは、役員とスタッフのボランテア(手弁当・無料奉仕)高齢化により中止に至る。

一方、運営資金面では非常に厳しい予算で行っており、町役場課長以上及び町議会議員や地元住民等の寄付で運営されていました。旧城端町の助成金無しで運営した事は今でも称賛に価する事です。ピーク時には3,000人の集客があったそうです。この様な大きなイベントであった為、スタッフは100名を超える規模にまで発展しました。しかし、メンバーの高齢化と共にその負担の大きさから中止になった歴史的背景がございます。

万水閣

〒939-1835 富山県南砺市城端町立野原東 1525

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